透明度。

人生には、世界が透きとおって見えようになる境目みたいなものが時折、訪れる。日付は変わってしまったけれど昨日の世界は澄んでいて、ひょいと違う世界に迷いこんでしまったのかしらと目を疑った。

それまではどんな光景だったのか、思い出すのはむずかしい。以前の境目との違いがよくわからないから、いつしか透明度は低くなってしまうのか、毎回ますます増していくのか、検証することはかなわない。

それでも、今この瞬間、見上げた空が美しければそれでいいではないか、とわたしは思う。この世のすべては移り変わり、命あるものは美しい生を、物体はその役割を壮絶に全うする。生きて死ぬ、栄えれば滅びる、宇宙の法則は平等なのだ。

もうひとつ、発見したことがある。この世には要らないものがあまりに多すぎる。人は、または今という時代に生きる者はつくり続けなければ生きていけないサガなのか。すべてのことに意味がある、とする人もいるけれど「無くていい」ものはやはり、無くていいんじゃないかなぁとスーパーをめぐりながら考えた。

さらに、もうひとつ。人は、真の極限に立たされると平静になり、本当に大事なものが見えてくること。今は、あたたかいものに触れるたびに泣いてしまうので、実は平静ではないのかもしれないけれど。