生気。

長く生きたい、と思ったことがない。

人生はすばらしい、とようやく心から言えるようになったのはここ5年ほどのこと。子どものころから、大人になっても、生きるってしんどい、というとらえ方が普通だったせいか、生への欲望みたいなものが弱く、生気がない、と言われるたびにそうなんだろうなと納得していた。

もちろん、大切な人たちには末長く元気でいてほしい。けれど自分のこととなると、すべてが然るべきようになっていくから流れに身を任せるしかないと考えている。宇宙の摂理として未来はすでに決まっており、そこに向かって過去が積み重ねられていくのだから、泣いてもあがいても仕方がない。何も変わらないのだとすれば、可能な限り美しく、まっすぐ生きていく努力をしたいもの。

腫瘍の存在を宣告された時、もう少し生きたい、と思った。我ながらおどろくほどの強い衝動で、生きるためにはどうすればいいか、もし長く生きられないとしたらどうふるまうべきか、短期間でぐっと考えた。したいこと=世の中の役に立つことをして、日々気持ちよく笑って生きるしかないんだろうなという結論に。

生きたいという衝動を内側に見いだしたことは、2014年の大きな発見。大切な人たちのためにもう少し、と思えたことはすばらしく、彼らのおかげで今がある。