どう生きる。

姫路へ引っ越すことにした。ひとことで言うと、おもしろそうだから。

わたしの行動の源は「人」であることがほとんどだ。兵庫県立大学の姫路環境人間キャンパスへ、非常勤講師として週に1度通うようになった2015年4月以降、実にさまざまなご縁に恵まれた。地域のためにという大義を重んじ、関わるすべての人たちの幸せを願い、おしみなく情熱をかたむけ続ける…まことに清々しく、熱い人たちのお役に立てたらいいなと思うに至った。

さらに、どこを歩いても物語に出会う。法隆寺とともに日本初の、世界文化遺産に認定された姫路城だけでなく、エリア全体が歴史そのもの。勉強してもしても追いつかないほど、文化や伝承が残っており、対象はぼんやりしているものの、「書きたい」「何か書けそうだ」という気がしてならない…といつのまにか考えている自分におどろいている。

死も覚悟した、昨年末の手術をきっかけに、世のため人のために生きようと決めた。立ち止まると死んでしまうから、さらに前のめりでいることにした。したいと思ったことを実行する、直観を大切にしようと思った。

今、いろんなベクトルが姫路を指している。行かない理由は見つからない。

先日、物件をいくつか見せてもらった。ずっと気になっていたマンションが、やはりよかった。明るく、見晴らしがよくて、お城も見えた。駅まで徒歩20分以上かかること、それなりの家賃であることをのぞけば、すぐにでも引っ越したいくらい。などとテンションが上がる一方で「ここに住むと出不精になり、守りに入ってしまうかも」とも思った。

「家探しは、どう生きたいかを見つめることだ」という意味のコピーを書いたことがある。書いたコピーにうそがなかった、その事実にほっとしている。