大晦日。

紅白歌合戦をラジオで聞きながら、年越しそばをすべりこみで食べた。

2015年は、とにかく駆け足だった。長距離走は苦手なのに(短距離走も遅いけど)、走り続けていたせいか、1年が一瞬だった。年々、時の流れが加速し続けていてうかうかしてはいられない。

そして、暗い心持ちから一気に駆け上がってきた1年でもあった。

2014年11月の手術後、年が明けても検査の結果がなかなか出なくて、暗い心持ちだったのが遙か昔のことのよう。定期的なフォローアップは必要だけど、普通に暮らしてよいとのことで、切りとった傷以外の部分がちょっとした仕草や振動、寒さで痛んだけれど、それでもスーツケースをごろごろ引きながらあちこちへ出かけた。ほとんど休むことなく仕事に復帰したものだから、家族にも友人知人にも心配をかけ続けた。再発・転移するなら肺にできる可能性が高く、そうなったら致命的だと告げられて、とにかく風邪をひかないように(肺を弱らせないようにと)注意をはらい、できるだけ6時間は眠るように心がけ、一生懸命食べもした。結果、まんまと太ってしまったけれど、元気そうねと言われるように。手術から1年目の定期検診でも、合格だと言われてほっとした。再発・転移の確率が高いのは2年以内らしいので、もう1年、なんとしてもすこやかでいなければと気合いを入れ直したことを思い出す。

あの時と今が同じ年だなんて、うそみたい。

さらに、2015年1月17日で、阪神・淡路大震災から20年目。「BE KOBE」というプロジェクトが立ち上がった。神戸市北区をはじめ、小野市や丹波、但馬エリアなど兵庫県をあちこちめぐる仕事や淡路島や奈良、小豆島へ通う仕事が舞い込んだり、徳島や新潟まで出かけていったり。村岡小学校の木材活用プロジェクトが完了したり。兵庫県立大学環境人間学部で非常勤講師を務める機会を得たり、姫路のとある商店街青年部の活動を間近で見せてもらう機会を得たり。KIITOとAXISのプロジェクトをきっかけに、公園に興味を持ったり。同じくKIITOで開催された「LIFE IS CREATIVE展」で、新たな視点を得たり。マチオモイ帖プロジェクトでマチオモイラジオを始めたり、西宮に再びご縁ができたり。土と庭について考える「つちにわ」を発行するお手伝いをしたり。Enactus、土や山のプロジェクトに携わったり、地域連携学会という学会にも参加した。伝わる言葉の講座も、あちこちで担当させていただいたし、なんと盛りだくさんの1年だったことだろう。環境や身を置くコミュニティ、人間関係の変化もはげしくて。

最大のトピックは姫路へ引っ越ししたこと。「おもしろいから」と動く気になったのは、自分で認識している以上の衝動に突き動かされたからに違いない。

2016年はドタバタしないで涼しい顔で、担うべき役割を全うしつつ、後まわしにしてきた夢を叶えて、人や地や時の土壌の発酵にも挑みたい。そのために上質な孤独を手に入れた、といっても過言ではないのだから。