やわらかな目覚め。

■2月16日(木)
西宮北口駅の時計台で待ち合わせ、母と西宮ガーデンズへ。パスタと前菜とサラダバーランチ、母がきゃっきゃとよろこぶ。ぐるっとひとめぐり、ひと休みしつつ。ベンチが多く、トイレにすぐ行けるところもありがたい。灘駅から移転したらしい「春秋」でコーヒーを。もうしゃべることがない!と母が言うくらい、しゃべった日。駅で母を見送り、ジュンク堂と無印良品へ。三宮へ移動、そごう、ロフトに立ち寄り、いかりスーパーで晩ごはんを調達。そうだ、母がスマホでの写真撮影をようやく覚えてくれた。「人間としてガラケーだ」と親友に言われるほどの弟が、やっとスマホを持ち始めたのが刺激になったらしい。あたたかい日で、よかった。母が元気になって、本当によかった。
  
◎思い出のかけら:わたしと弟がどんなこどもだったのか、聞いてみた。わたしはほとんど夜泣きせず、本をよく 見ていたらしい。うさこちゃんとか。通っていた保育園の「こひつじ文庫」に通うのを楽しみにしており、弟と2人で出かけていたとか。4~5歳で3つ下の弟を連れて出かけるなんて、わたし、すごいな。弟は敏感なタチで、ミニカーと恐竜に夢中であった。それにしても、小さな母から、3,500g前後の大きな赤ん坊が2人も出てきたなんて。
  
■2月17日(金)
午前中、I先生とEHCアニュアルレポートの制作打ち合わせ。センターでメールを打ち続け…案件をいくつも、ばりばり進める。15時半ごろにセンターを出て、三宮へ。院生のYちゃんと電車に乗るのは初めてだったか。磯上公園からまだその先にある社会福祉協議会関連の施設で、打ち合わせ。3時間ほど、デザインやコピーの説明(目的や意図)をしゃべり続けた。くたびれて、傘をわすれた。もう20年くらい使い続けた傘である。そういえば、昼間の光がやわらかで、春を感じた。
 
■2月18日(土)
昼ごろまで起き上がれず。1日、とじこもる。夜になって調子があがり、テキストの修正をいくつか仕上げて提出。「ミッフィー」の生みの親、ディック・ブルーナ氏が亡くなったことを知る。幼いころのわたしにとって、うさこちゃんは大事な相棒。あらためて全巻、読み通したくなった。
 
■2月19日(日)
デザイナー・S氏、イラストレーター・S嬢と、福崎町へ。「もち麦の可能性を考えるフォーラム Part4」、想像していた以上に立派だった。もちむぎの試食を堪能。ポン菓子「ふくさきのもちむぎポンッ」がデビュー。
 
■2月20日(月)
雨もよう。銀行や郵便局、パスポートの切り替えに。5年か10年か、を選ぶ際に「あと10年、生きてみよう」と思った。そして、ばったり。積極的解散。男は40からよと言ったら、女は30までだと言われた。だったら、年齢を超えてみよう。しばらく、欠けていた気持ちがふつふつと。