ヒロシマ。

日帰りで、広島を訪れた。

もやしがたっぷり入ったお好み焼きを食べ、広島平和記念公園、広島平和記念資料館、原爆ドームにも足を運んだ。子どものころに一度、遠足で行ったきりになっていた。真実を伝える数々の写真に、ただただ言葉をうしなっていた。見学を終えた後、強い日差しに目がくらみ、お弁当も食べられないまま、ぼう然と立っていたことを思い出す。

衝撃を受けたあの日のように、なるのではないか。4歳のころに体験して以来だというAちゃんと、慎重に進んだ。現在の感受性は子どものころとは変化しているに違いない、というところまでは予測することができても、あのとてつもない衝撃を前に、自分たちがどうなってしまうのか、想像もつかなかった。

結論から言うと、大事には至らなかった。生々しい写真の展示が減ったのではないか、何十年もの時を経て、語られるストーリーや展示内容が中和されたのではないか、と話し合った。お腹の底に力を入れて臨んだ分、ほっとしている自分もいた。

広島が、司令部、武器庫、軍需産業などがある西日本有数の軍都だったこと。捕虜収容所がなかったコトカラ、原爆投下の候補地になったこと。戦争を終わらせるために、日本に投下されたこと…少なからず関心があったはずなのに、知らない事実がたくさんあった。

わたしの両親がこどもだった時代のできごと。原爆ドームの対岸のベンチに座って、遠足中の小学生を見てほっとした。時薬(ときぐすり)が、この星に平和をもたらしてくれますように。戦争という言葉が、永遠になくなりますように。