独立宣言。

振り返ってみると、あの時がターニングポイントだった、と思うことがある。

何を選択したか、または何を選択しなかったか(何を選ばないという選択をしたか)で、その後は変わる。もっとひいた視点で見れば、地球という惑星でうごめく私たちは実にちっぽけな存在だ。何を選ぼうと、最終的に行き着く先はほとんど同じなのかもしれず、自分のいろんな人生を観察できたらいいのにと思う。

先日、広島へ足を運んだわけは…友人がこれからの生き方を宣言することになっていたからだった。およそ3年前、信号が青になるのを待つ間に「3年後は、何をしてる?」「将来はどうなりたい?」とたずねた瞬間、彼のまわりの時の流れが止まったことを思い出す。なぜそんなことを聞かれたのかわからない、といった風情できょとんとしていた。

わたしにとって、コピーライターというのは職業というより、生き方に近い。仕事とプライベートの境界があいまいで、書くという最終手段にすべてをそそいで生きている。人生そのものが仕事なのだ、とも思う。義務的な意味じゃなく。

彼の選択を祝福するために、友人とたくらんだ弾丸ツアー。今の私にできる、最高のはなむけとして、当日まで内緒にしていた。

彼は、ヒーローになるという。

蛍光イエローの宣誓書を捧げ持ち、2回、正座して読んだ。わたしがにとってのヒーローは(ナウシカみたいに)孤独を引き受け、人々を守り抜こうとする存在だけど、彼なら楽しく、やり遂げていくんだろうな。

独立、おめでとう。平和記念都市での宣言が彼のこれからを物語っていた。