お守りの続き。

きのう書いた、ソウルカラーにまつわる言葉のお守りの話の続き。

わたしのソウルカラーが深い深い青、深海の色だとわかったことは何よりもすばらしかった。気軽に宇宙旅行ができる時代ではないため、写真+想像するしかないものの、この世でいちばん美しいのではと思っている惑星・地球そのものだったから。しかも、状況に応じて自在に姿を変えることができ、うつわしだいでカタチをとどめる「水のようでありたい」という願いにも届いていた。

フィルターは透過性で思うままに行き来できる反面、ふわふわしていて現実味が薄く、気を抜くと別のどこかへ意識が飛んでしまいそうになる…という実感をだれもが持っているわけではないと知った時、自分の座標を見失い、心細さが増したことを思い出す。今となってはへっちゃらだけど、世界との間にフィルターが1枚かかっている、壁はない、という表現はうれしかった。

さらに、前世のほとんどが男性だとは。哲学者や科学者、学者だったらしく、それぞれの方法で世界観を伝えていたとか。一般的な〈女性らしさ〉や〈女性脳〉をほとんど理解できないこと、彼らがみんな変人扱いされていたらしいことにも納得がいった。人から認められたくてがんばっていたのだとしたら、さぞつらい人生だったろう。その分は今生で、わたしが楽しんでいこうと思う。

当然、事実はだれにもわからないし、確かめられない。真実であろうとなかろうと、彼女の言葉が胸に染みた実感こそが重要なのだ。世界観や哲学を伝えるための〈まなびや〉を…夢が言語化されたことも祝福すべきことのひとつであった。