ボールペン。

中身は、セーラーのボールペンだった。

7月も残りわずか、暑さで静まり返る大学の、前期の授業(企画デザイン)最終日。開始前のわずかな時間に「先生、お誕生日おめでとう」「いろんなお礼です」と、学生たちが小さな箱を差し出した。

いつもなら、大胆にリボンを解いて、包装紙をビリビリに破くところ。リボンは結び目がほどけないようにスライドさせて、包装紙をそっと取りはずした。

姿を現したのは、しっとりとした握り心地のいいボールペン。国産初の万年筆を手がけて100年という、セーラーの。

ふだんは、消せるボールペン(フリクションボール)を愛用している。日付や予定を記憶できないタチで、スケジュール帳がつねに手元にないと不安になる。しかも、予定は変わる。しっかり書けて、消せる機能がありがたい一方で、公の書類の記入には向かず、よそゆきの顔をしたボールペンがほしいと思っていた。

暖色ではなく寒色系、落ち着いた好みのブルー。完璧なセレクトだった。

なぜ、わかったの?と聞くと「見てたらわかる」とのことだった。着ているものや持ち物を観察していたのだろうか。企画の過程で、観察は重要。すばらしい!

プロポーズは万年筆がいい、なんて甘いことを書いてしまったけれど。このボールペンは、その百万倍のよろこび、破壊力を秘めている。うれしすぎて、もったいなくて、使えそうにないくらい。

つい、クセで、泣くのをこらえてしまったけれど。泣いてしまってもよかったのだなぁと後から思った。