学び場。

塾か、寺子屋のようなものをしたい。

京都での「福祉事業所のためのものづくり講座」での体感をふまえて…みんなで対話を重ねながら、教え合ったり、学び合っていく塾か寺子屋みたいなものをぜひ実現したい、という野望が強まった。

「今日はこれを教えてください!」と生徒が毎回お題を出して、先生を名乗る者はそれまでの経験や知恵のすべてを駆使して、全力で答える。さらにそのテーマで、みんなで議論をおこなう。

ただひとつの正解を「与えてくれる」のを待つ者など、受け身のタイプはおそらく続かない。けれど、内気な性格だとしても「学びたい」という強い意思はにじみ出るものだと思うので、静かに食らいついていけばいい。

便宜上の先生と生徒は存在してもいいけれど、最終的にはだれもが先生であり生徒である、という和気あいあいとしながらもほどよい緊張感を保つことのできる関係性でいられたらいいなぁと。

求められているコトにそのまま答えるだけなんて、普通だし、だれにでもできる。ゼミや講座をしてほしいとあちこちで言ってもらえるようになり、コピーライターとしての守備範囲を磨くことはもちろん、いろんな期待を上まわっていこうとさらに強く思うようになった。もちろん思っているだけでなく、楽しく体現しなければ意味がないし。

要望は要望として受け入れて、さらにその上を突っ走る。

したいこと、するべきことをして、猛スピードで駆け抜けて。結果的に、吉田松陰先生が開いた松下村塾みたいなものになっていけば、すばらしい。