闇のはしっこ。

そうか、わたしは暗いのか。

わたしには、かげがあるという。何かを背負っているように見える、とも言われた。きれいさっぱり、あれこれ置いてきたはずが…過去はにじみ出てしまうものらしい。それもそうか、と納得した。これまでが今であり、自分そのもの。事実は消せやしないのだ。

とはいえ、わたしの過去など、よくある話。ふしぎなのは、生きるのがあんなにつらかったはずなのに、言葉にすればするほど薄っぺらくなっていくことである。もしかすると、もう口にするなということなのかもしれず、とはいえ、今しんどい思いをしているだれかの励みになるのなら、過去の一端を語るくらい、どうということはないとも思う。相手があることも多いのでここにはくわしく書けないけれど、聞かれれば話せるかぎりは話しているし、今後もそうしていくつもり。「幸薄そう」「やっぱりかげが…」なんて言われようとも、誇れるものではない分、隠すほどのものでもないから。

闇から日なたへ、または木陰へ「生還した」人に惹かれる。

つまり、かげをやや帯びている人。絶望や孤独を知る人は自立していて、強くやさしく、一歩ひいたポジションから世界を見ている。光なしには存在できず、けれど光が強すぎると飲みこまれてしまうかげ。かげは闇のはしっこであり、光と闇の境界あたりで陰影を見せながら、両者をあいまいに結びつけている。

人生ってすばらしい、と心から思えるようになったのはここ数年。あらかじめ、こうなることを知っていたら…また別の人生を歩んだのかな。