かげのワナ。

だめんず(ダメな男)にいってしまうだめな女、というレッテルを貼られている。

そこまで断言しない場合でも「幸薄い」イメージ、というのがだいたいの見解らしい。わたしの何を知っているのよーと反論したいところだけれど、振り返ってみると、確かにそういう人生だったように思えてくるのが、なんともくやしい。

あぁ、そうか。ここで納得するから、いけないのか。卒業しました、もう別人なんです、と主張してもとりあってもらえないのは具体的な信ぴょう性がないからなのかも。だとしたら、そこはわたしに責任があるのだろう。結局、問いと答えはいつだって自身の中にあるのだから。

闇から日なたへ、または木陰へ「生還した」人に惹かれる、と先日書いた。かげのある男性がすきなのは、うしようもないサガみたいなものであり、治そうとか、どうにかしなくちゃという気にもならなくなってしまっている。

問題は、かげの塩梅なのだ。

自己完結しているのか、他人をまきこんで不幸にする類のものなのか、クールな見極めが重要だ。眼力の有無が問題で、わたしはおおむね後者の道ばかり選んできたために、「幸薄い」イメージが染みついてしまったのかも。

けれど、人生のダークサイドから脱出したはずなのだから、そろそろ本気で払拭したい。そのためには、だめんずではない男性と…体現するしかないのかなぁ。あるいは、わたしはわたしで自由に生きるの、と覚悟をきめて突き進むか…。

そういえば「あなたは男をダメにする」と言われた。相手のためにと願ってのふるまいが、甘やかすことになるらしい。