アジト。

「連れていきたいところがあるんです」と男は言った。

待ち合わせ場所の駅前コンビニエンスストアを背に、小雨の中をてくてく進んだ。いくつか交わした会話から、向かう先や呼ばれた目的についての情報は得られなかった。およそ10分後、主に士業の事務所が入っているらしいビルに到着した。築50年くらいかなと思われるつくり、ただよう空気がグレーで天井は低め。1人では来た道すらわからないほどうねうね曲がって、階段をのぼり、つきあたりにある扉の前に立った。わきには、段ボールや掃除用具が積みあげられている。

ガチャガチャ、ガチャリと鍵穴が鳴って、誘われるままに足を踏み入れた。白っぽい空間の中央に、木製のデスクとつるんとしたメタリックのチェアが4脚。北と東向きの窓にはまだ覆うものがなく、界隈の雑居ビルや街路樹を絵画のように切り取っている。開けるたびにゴトゴトきしみ、錆びて動かない部分もあるらしい。

「ここに人を招いたのは、あなたが初めてだ」と男は笑った。「アジトですね」とほほえみ返した。静かに考えごとをするために、わざわざ用意したという。

さっそく、悪だくみを開始した。数時間の間に、悪魔や死に神、鎌…など物騒なキーワードまで飛び交ったことは、ここだけの話にしておきたい。